健康と病気の個人的な経験から伝えたい5つの大切なこと
健康について考えるときはこの定義に立ち返って考えるのが良いと思っています。
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WHO健康の定義
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが
満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)
そう考えると、素人が自分の実体験を”慎重”に伝える限り、読んだ人がその中から自分に役立ちそうな部分を読み取ってくれるのであればそれは健康に役立ててもらえる部分もきっとあると思うのです。
それで(今最大手の健康サイト(WELQ)が炎上したところですが)自分の経験を書いてみます。
健康と病気について自分の実体験
幼稚園までの病弱の一要因
私は、小学校に入学するまで、毎月のように扁桃腺を腫らし、40度程度の熱をだし、ペニシリンを注射されていました。
幼稚園に馴染まなかったこともあり、母からも、ノロマで頭が悪いというようなことをよく言われていた記憶があります。
この年齢にして、悩みがちだったことも大きく関係したように思っています。それを強く感じたのは小学生になってからの出来事です。
小学校から高校まで
記憶には曖昧な部分もありますが、自分の中では急に健康になったことと、大きく関係していると思っていることがあります。
小学校1年生で初めて通知表と言うものをもらって成績をみたら、自分は馬鹿どころか普通よりもは成績が良く、それをみてとても嬉しく、そこから急に熱を出さなくなったと記憶しているのです。
もちろん、小学生になって、体が丈夫になってきたこともあるのでしょうが、気持の状態が、身体の健康状態も大きく左右しているのだろうなと言うことも自分ではこの経験から感じています。
高校まで健康な時代を過ごせました。
大学生時代の4ヶ月の入院生活
疲れやすい実感はありました。自動車免許をとるために、東京府中の免許試験場にいったとき、献血をしました。血液検査の結果に異常値がみつかり入院することになりました。
B型肝炎で4ヶ月もの入院となりました。痛くもかゆくもなく、ただベッドに寝ているほうがいいと言う(身体を水平にすると肝臓への血流量が増加するため)ラクで退屈する入院生活だったので、医学関係の本をひたすら読み続けました。
その上で医者と話をすると、自分の方が詳しい部分もでてきて、不思議に思ったことがあります。お医者さんは忙しくて、ずっと勉強しているわけにはいかないからだと気がつき始めました。
私の病気はごく初期で病状はそんなに深刻ではないけど、当時は治療方法もないというものでした。(因みにソフトバンクの孫社長は同じ病気でステロイド離脱療法をためして完治しています。)
この病気はウィルスが原因なので感染させるおそれもあるから、自分は一生女の子ともつきあえないと思い込んでました。実際は、大人への感染はあまりおこらず、しかも、その後、どの医学書にものってないケースで、私は完治しているので、心配してたこと自体が今となっては無駄でした。
ただ、病気はどの本にもでてないような治り方をするという不思議な経験をしました。その後英文の文献まで調べて、おそらく、自分がB型肝炎サブタイプウィルスと言う、悪化するときと治るときが極端に出るタイプのものにかかっていて、幸い治ったということらしいとわかってきました。
ほとんどの医者はそこまで調べてないので、現在の私を検査すると、B型肝炎にかかっていたわけがないと、言下に私の記憶を否定する医者までいたほどです。
退院後のメンタル問題
経過観察とはいえ退院できたのはめでたいことだったのですが、4ヶ月の入院生活で考え方が大きく変わってました。病気で亡くなる何人もの方と多くの会話を持ってきたので、
自分が折角生きているのに、これでいいのだろうかと、そう思いながら、入院中に遅れてしまった大学の単位取得に追われる生活に、強い戸惑いとストレスを感じるようになりました。
絶えず、これでいいのか、折角生きているのでこれでいいのかと、考えてしまうようになってしまい、こんどは精神的な健康が多少危うくなってきました。
北海道バイク旅行での不思議な健康経験
生きる目的も見つからないまま、ともかくバイクで北海道に旅しました。貧弱すぎる装備で、北海道で雨に打たれたまま、あきらめるように濡れたまま野宿したのです。
そうしたら、身体が自然にポカポカしてきて、疲れもとれてきて、身体も回復してきて、絶対に風邪をひかない確信のような感覚もあり(根拠はわかりませんが) 神秘的な経験をしました。
理屈ではわからないのですが、豊かな自然からエネルギーをもらい生かされているように感じられたなんとも不思議な経験でした。その旅のあとしばらくは私はとても元気でした。
会社員時代の健康状態
多くの人がそうだと思いますが、仕事は悩むことがありますね。私もそうでしたが、身体はそこそこ元気で、ただ平日忙しくて、休日グッタリと寝ているような生活が多かったです。
会社のスポーツの行事で怪我をしてしまい、その治療でじん帯再建手術をしたところ、その箇所が化膿して、また4ヶ月ほど激痛にグッタリしながら入院したことがあります。
多くの人があっさりとココロの痛みは身体の痛みよりつらいといいますが、それは、身体の激烈で長時間続く痛みを経験したことないからです。
痛みで弱って体が動かせなくなって、クビも上げられなくなるほどの経験だったので、身体の痛みはここまで一気に心身をボロボロにするのかと、自分で経験して驚きました。
社長時代の健康状態
債務(借金)が大きい会社の社長を引き受けたことが2回あります。社長は経営がうまくいけば楽しいですが、まずい状態だと、やってみた人しかわからないほど苦しみます。私は最初に引き受けた会社が10億も負債があったため、そのプレッシャーからセキがとまらないまま仕事をしていました。
いくつもの病院をまわり最後に、聖路加病院で最強の薬をだしますから止まりますと言われ、それを飲んだらやっと本当にセキがとまったのですが、強烈な悪夢を見るようになりました。調べたら、ある強力な作用のある咳止めくすりで副作用も強いものでした。
自分の健康より会社のことばかり気になっていたのですが、脈から血圧まであまりに異常で、病院で検査してもらい副腎に腫瘍がみつかりました。医者から冷静にその腫瘍が良性か悪性(ガン)かは未だわからないと説明をうけ、そのまま、外人ばかりの、日本人自分だけの会議にでて、下手な英語で一生懸命話している自分に涙がでました。
そこまで自分のことより、社員や家族のために働くことを、自分は本当に心からのぞんでいるのかもわからず、そうすべきと動いている自分にただ、一人になると涙がでました。
慶応病院に入院
して手術を受けて、副腎片側を全摘出し、腫瘍は幸い良性でした。慶応病院のお医者さんたちの、知識は驚くほど高く、何を話しても的確に回答してくれるばかりか、今の時代はネットでいくらでも情報は調べられるので医者だから特別詳しいとは限らないのですよとまで解説してくれる謙虚さでした。
さて、それだけの手術のあと、退院してすぐに、私は職場に復帰しました。手術跡にベルトがあたり、そこが多少膨らんでいるのもかまわず、ベルトを締めました。後から推測するに、その膨らみに膿みがたまっていて、それをベルトで締めてカラダ中を循環させてしまったのかもしれません。
そのまま会社にいきましたが、帰り道では、身体がワナワナと震えています。自宅に戻ってからも体調が悪く、体温は平熱から40度くらいまでの上がったり下がったりしてます。これはスパイク現象と言う危険なものです。翌日、慶応病院にいくと、緊急入院となりました。
敗血症ショック状態
ショック状態というのは敗血症のさらに危険な状態で、当時調べたら、死亡率70%でした。(今は治療方法が進歩して45%に落ちています。出典http://merckmanual.jp/mmpej/sec06/ch068/ch068a.html)
自分の薄れていく意識の中で、自分を見た若いインターンの医師が私を吐く風邪だと診断し、指導している医者が、「そんなことしていると患者が死んじゃうだろう」と怒鳴っていました。受験エリートと優秀な医者はイコールではないのです。
お医者さんも本当に色々な方がいるのです。専門家だから安心とも限らない人もいれば、さすがプロとうならされる人もいます。
私は、集中治療のおかげで幸いにも峠を越すことができました。峠を越すまでが意外につらくなかったことが意外でした。おそらく人は本当に危険なときは、あまり痛みを感じないのではないかと思います。痛みを感じても、生存率に影響しないからかもしれません(素人の憶測です)。
バイクの事故でも手足がもげるようなあまりにひどい事故だと意外に痛みがひどくないとも言われています。ところが峠を越してからは、全身が激痛で、うなりながら寝返りを繰り返していました。生き残れるとわかったら、無駄な動きをしないように痛みの感覚が蘇ったように感じました。
その後、全部の爪が生え変わったり、人生の記憶がかなり失われたり、文章を書くのが急に下手になったり、足の裏の皮も全部剥けたりと色々ありましたが、徐々に健康を取り戻してきました。
この後、娘達と遊ぶことと、水泳を再開すること、自分が楽しめることをやることが大切だとわかり、娘達との貴重な時間を過ごすことができました。人生で一番幸福なことでした。
不整脈と心不全
脈が不安定だったり、息が苦しくなったりすることがあり、医者にみてもらうと、ある薬を処方されました。その薬で、脈はある程度安定したのかもしれませんが、気分が落ち込んでしかたなく、調べてみると多少、ウツ気味になる副作用のある薬らしいとわかりました。それでも、医者のいうことを信じて服用していました。 私は元妻となんとか18年結婚生活をおくってきたのですが、最終的にはこの薬もきっかけとなり、落ち込んだ状態で、自分がいつものようにひたすら謝って妻のご機嫌をとって、家庭を継続すると言うことが出来なくなったのでした。また私自身があまり良い夫でなかったことのツケが一気にきたのだとも思っています。。その後、離婚その他あり、さらに気分が落ち込み、この薬はもう飲めないと医者にもいい、その薬の服用を停止しました。結局、身体、心、生活、それらのバランスをとってこそ、健康があったことをあとからしみじみと理解し、その多くを取り戻すのが無理な状況になりました。
自分の経験から伝えたいこと
1.肉体と精神は連動しているので両方を同時に大切にすること。
例えば、身体は元気なのに心が弱っている人は、身体が元気だけでもとてもありがたいことだから、せめてココロをカラダにあわせていこう心がけるのも良いと思います。ココロとカラダの状態を両方を良い方向に向かわせること行動、考え方を身に着けるのが大切です。
よく考え方を変えれば、全て変わるかのような話も見かけますが、ココロとカラダを一体として、行動と考え方、スポーツと読書とか両方あわせて行ったほうが、バランスが取れると思います。個人的にはそれを確信しています。私自身未だうまく出来ていませんが。
2.幸せ、喜べる心、気持よい感じられることを大切にすること
そもそも、生きていてそれを楽しく感じられなければ、健康でありたいという意欲をもてないですね。
3.良い医者、自分と相性のあう医者を選ぶこと
医者は専門家ですが、かなり個性的で様々なタイプの人がいます。自分にあった、自分が信用できる医者を選ぶことはとても大切です。自分が末期のガンのときにガンは治すなという医者は普通の人は選びたくないでしょうが、実際にそういう本出している医者もいますから。個人的には、話の筋道が通って、わかりやすく説明してくれる、最新の医療知識も知っている、親身に話をきいてくれる、というポイントで医者を見ています。
4.結局は健康第一だということを忘れないこと
仕事、お金、家族、色々大切なものもありますが、結局は人間も動物で、生き物で、自分が健康で生きていられることを第一にするしかありません。私のように健康を失うのをきっかけに全てを失うような悲惨なことにならないようにしてください。しゃれになりませんので。
5.適度なスポーツを継続すること
私の場合は水泳ですが、このスポーツがあるおかげで本当に助かっています。気分とか考え方とか、うずくまったままで変えられないと思います。カラダを動かすことがそれを良い方向に変えるのに一番有効です。またスポーツを通じて仲間を作ることも大切です。
私は、個人ではとてもメダル取れるようなレベルではないのですが、速い人たちのリレーのメンバーに加えてもらいメダルを取れてます。そういう付き合いがとてもありがたく、心身の健康にプラスに働いていると実感しています。
WHOの健康の定義に当てはまるような状態で人生を送りたいですね!
WHOも想定してなかったかもしれませんが、満たされてないときのつらさを知る人ほど、満たされたときの喜びを知ることが出来るはずです。
そう信じて、満たされてないときものりきりましょう。自分も思ってやっていこうとしてます。いま辛い人も乗り切って、満たされたときが訪れますように!!!
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