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台北、札幌、釜山、上海、大邱 ブロックチェーンとAirbnbと格安航空券の旅

 2018/10/06 未分類
この記事は約 40 分で読めます。 605 Views

2018年9月7日から15日まで台北と上海のブロックチェーンのイベントに参加するのが目的ながら、

直前にとった格安チケットがトランジットしまくり、

直前にとった上海で最安のAibnbの宿が女の子の部屋だったり、

と色々あった。丁度一か月後の10月5日に記す。

 

9月6日

コンピューターの授業の半年コースの最後の授業を夕方に終えた。学生のやる気を引き出すことはほぼできず、苦い思いが残った。

クラスで一番できる学生は、授業が終わった後も、熱心に「先生はもっと他に教える場がある。きっと評価してくれる人がいる。」

と励ましてくれたのだけど、去年も同じことがあったことを思い出し、さえない気分を紛らすように街をさまよった。

身体がでかすぎて着れるサイズのないユニクロ店内をうろつき、僕にとってはごちそうのいきなりステーキでハンバーグを食ったりして、

明日からの旅の準備もできてないのに時間を使って、家に着いたのは既に深夜だった。

のろのろと旅支度を始めた。

 

9月7日

午前2時、届いたばかりのメールを見て冷や汗が出てきた。

今回の旅は、羽田と台北の往復チケットは主催者からもらっていた。

そのあと上海に行くチケットは、自分で

Contents

スカイチケットという格安チケット会社

で申し込んでいたが、

なんとこのタイミングでチケットが取れませんでしたというメールが来ていた。

グーグルで格安航空券で検索トップに表示されていた、この会社そこまで無茶はするとは予想できなかったが、

申し込み時から、そもそも予約を申し込んでから、予約を確認するための支払い案内メールが来るまでに2日間あるとのことで、不自然だった。

予約確認メールの代わりにきたのが、予約申し込みキャンセルメールだった。

その後、調べると、この会社は営業利益の大半を広告につかう上場企業という謎の会社だった。

スグに航空券を調べ始めると、そもそも直前では旅行代理店経由だともうチケット自体がとれない。

ネット経由で申し込めそうなエアチケットは15万円とか20万円とか表示されていてとても申し込む気になれない。

諦めずに調べていっても、予約申し込み手続きすると、その予約はもうできないと表示されることばかり、

それでもあきらめずに続けていると、

KIWI.com

というところで9万円超えたが申し込めることが分かった。

ただ、トランジットはひどい、羽田から上海行くのに、札幌と釜山を経由だ。帰りは、大邱で20時間も時間があるトランジットだ。

考えてもしょうがないのでそれを申し込んだ。

あわてて着替えを適当につめこんで、小雨の中自宅を飛び出し、

西八王子駅前で午前4時初の羽田行き空港バスに乗った。

やれやれ、旅が始まった。

羽田空港に着くと、

台北WBT(World Blockchain Tour)

の主催者で日本から向かうスタッフは既に全員集まっていた。

私はここで講演することになっていた。

主催スタッフの一人が、なんとパスポートの期限がわずか3日間たりないとのことで、空港で行けないことがわかり呆然としていた。

旅慣れた、世界のあちこちで生活してたことある人でもそういうミスをしていた。それもその人の国籍だと何故か台湾で要求ざれるパスポート有効期間の残存期間が6カ月以上必要でそれもその地を離れるときからということなのであった。

しょうがないので、その人を残して、残りのメンバーで台北に向かった。

台北は初めて松山空港に降り立ち、

タクシーですぐに宿泊するホテルに向かい、そこから歩いて、イベント会場となるホテルに向かった。

途中で、デパ地下みたいなとこで、小籠包等を食べた。台湾人のスタッフのお奨めその店は、確かに安定したうまさで混んでいた。

会場は格式ありそうなちょっと古めのホテルの400人くらいは入れそうな宴会場だった。

そこから、一人で台北をうろついてみた。雨もかなり降っていて、コンビニで時間つぶしたり、フラフラ歩いているうちに、宿泊するホテルがどっちにあるのかすっかりわからなくなった。

信号待ちをしている時、横にいた女子学生のような年頃の人に、ちょっと英語で聴いたら、スマホで調べてくれた。説明しにくいらしく、どこまでも僕の前にたって案内してくれた。恐縮して、「謝謝、謝謝」といって、案内をことわり、一人で歩き始めてもさっぱりわからない。自分のスマホで調べると、既に宿泊先のホテルから1㎞余りも遠くに来ていることがわかり、スマホの地図でホテルまで戻れた、ひとりで台北の裏通りも歩いていると、町の雰囲気が伝わってきて、旅をしている気になれてきた。

夜はまた主催スタッフと合流して、皆で、台湾料理を食べた。明日の通訳をしてくれる、

2人が台北の師範大学出身

とのことでそこの学生がよく使う店とのことだった。

旨くて、安く、学生同士だと、1500円くらいで腹いっぱいになれるようなことを言っていたが、そこで、7人で3万円くらいも飲み食いしただろうか、その店では豪遊とのことだった。

その師範学校卒の若い二人とも、優等生を絵にかいたような雰囲気と対応だった。女性の方は、クラスにいると、ほとんどの男の子が憧れちゃうような優等生タイプの美人で早稲田大学に留学していたことがあるそうで、日本語もとてもとても上手(普通の日本人より)だった。LINEで彼とのラブラブ写真がアップされているとかで、からかわれていた。

ただ、ここで僕は酔いが覚めるようなことを聴いた。

明日の私の講演で台湾の人が一番聞きたいのは、

日本の仮想通貨やブロックチェーンへの規制や対応だというのだ!

(早くいってよ)

聴いてくれる人が聴きたいこと話すしか、満足度上がらないことは骨身に沁みて知っている。

結局その夜はホテルの部屋で、翌日の講演のプレゼンピッチを作り直して、ほとんど寝ることもなかった。

9月8日

イベントスケジュールみたら、丸一日のイベントの中で、最初はブロックチェーンだか投資で有名な台湾の大学教授だということで、私はその次だった。

台湾の教授は最新のブロックチェーンのことも含めて盛りだくさんで話しているらしいことは、プレゼン資料に出ている用語からも想像はついた。

凄い早口でこれで、中国語圏ではいいのかな? とも思ったが後から聴いたら、早口過ぎて、分からんかった人多かったということだった。

続けて自分の番になった。

プレゼンピッチも日本語のままで中国語に同時通訳してもらいながら行った。

日本語のままでも漢字を中国語と同意語となるものが多くかなり伝わり、

昨晩一緒に飯食った男の子の方の通訳が素晴らしいことが(中国語わからなくても)聴衆の反応で想像がついた。

僕はいつも適当なところで話を区切り彼に通訳してもらうと、聴衆が熱心に耳を傾けてくれるというのを、30秒サイクルくらいで20分ほど繰り返しただろうか。

「ブロックチェーンは、優秀な人が多くてもサイズの小さな国

(単に小国と表現すると中国語でのニュアンスが良くさなそうなので サイズの小さな国とした)にとってチャンスであること。

ヨーロッパではエストニアがブロックチェーンを活用

して、小さくてもヨーロッパの中で光る国になってきていること。

台湾はアジアの中でそのような立場になってくれることを期待しています。皆さんなら出来るはずです。」

と話を締めくくった。その反応は二日前の日本の学校の最後の授業と大きく違うものだった。

その後、「感動的な講演でした」と中国大陸のメディアの女性から取材依頼をうけた。そうなのかなと思ったけど、後から全員取材しているのであった。調子いいぜ、ねーちゃん。

でも取材受けると最初の質問は

「中国ではブロックチェーンは強く推進しているのに、仮想通貨やトークンは禁止していることをどう思いますか?」

とそのものずばり現在の中国での最大の関心事であることをズバリと質問された。

「ブロックチェーンとトークンは切り離すと不便」というような一般的なことしか言えなかった。その直球の質問が印象的だった。

髪型を黒柳徹子みたいなまとめた中国女性のインタビュアーはスマホを3脚に固定した動画撮影も、質問内容も全部自分でやっていた。

さらに最後の写真は、すぐ横に触れるくらい身体を近づけてくるので思わずデレーとなってにやけたところを写真に撮られた。

好みのタイプでもない女性でも思わずデレーとなる自分が、よっぽど寂しい生活しているんだなと自分であとからため息が出た。

その日は丸一日、イベントを手伝い。

夜は、VIP参加者のみのパーティーにも主催者側で参加させてもらった。

雷と豪雨でホテルからそのパーティー会場までの移動してもらえないかと危ぶまれたが実際は大丈夫だった。

DEX取引所を既に運営している会社や、

様々な会社の人と酒も飲みながら話すことで、かなり本音に近いところが聴けた。

怪しい雰囲気で実際に怪しいとわかることも少数あったが、話し合って、タレント風の社長さんがマジメな熱血漢だとわかったり一緒に酒飲んでわかることも多かった。。

僕の通訳やってくれた彼は、僕の講演が一番、良かったと多くの人に言ってもらったと教えてくれた。

その彼は通訳はそのうちAIがやれるようになるだろうし価値なくなりますよねと他人ごとのように言うのだった。

そのあと主催スタッフ達と回転テーブルで中華料理を食べた。

そのあと僕だけ疲れ果ててホテルで泥のように眠った。二日間ほとんど寝てなかった。

9月9日

チェックアウトの12時まで体を休めていた。

ホテルを出てそのまま地下鉄を使って松山空港に向かった。タクシーより便利な気がした。

空港で皆に会うと、昨晩も今日もきちんと観光をそれぞれ楽しんだとのことだった。

夕方に羽田についた。明朝の札幌便まで何をしよう。

台北のイベントの主催会社の社長さんとしばらく話して空港から自宅に向かう彼を見送った。

そしてまた大変なことに気が付いた。

明朝の札幌行きの便が欠航と表示されていた。

ついそれを別れたばかりの社長さんにつたえると、それだけ重なるのは、上海に行かないほうがいいというサインかもしれませんよと言う。

そうかもなと思いながら、ここでも何とかしようと、まず、空港内でこういう場合の対処方法をきいてまわったが、まず自分が申し込んだチケット会社にきいてみるのが筋であることを理解した。

まず、羽田の国内線ターミナルは深夜からは完全に締め出されることがわかり、国際線ターミナルに戻ってきた。

KIWI.COMのサイトを調べまくり、欠航の場合の対応方法を探すが見つからない。

電話でサポート番号が漸く見つかり、電話すると、日本語では対応できないとのこと、それで英語でも反応もらえるところを何とか見つけ出すと、

今度はAIシステムが自動対応するような感じで、僕の英語の発音も悪いのかもしれないが、話がかみ合わない。結局最後は

“Have a great day”

と言われて、通話は勝手に切れツーツーツーという音が空しく聴こえてきた。それを何度か繰り返した。

文字で受け付けてくれるサポートにも何度もメッセージを送った。メールですぐ返事をくれるという表示はでるのだけど実際にメールはなかなか来ない。

ともかく諦めず、へこたれないように、コンタクトをこころみながら24時を超えた。

9月10日

何とか人間のサポートオペレーターにも繋がったのだが、まるっきり解決に向けた話とならない。そう持っていけないし、相手にもその気もないようだ。オペレーターの英語も変だった。

いよいよ対応方法はもうないのかとも思ったが、

KIWI.COMは欠航便でも利用を保証するギャランティー制度を表明している。メールもわかりにくかったが、

寝ぼけた頭でなんとか注意して読んでみると、要は何回も乗り換える(トランジットのある)フライトプランで、いずれかのフライト欠航により行けなくなった場合は全体をKIWI.COMか航空会社が保証する義務があるらしい。とはいえKIWI.COMは札幌便が欠航になったことすらわかってない。

朝一でAIRDOのカウンターに行って

事情を説明し「フライトスケジュールの一社がその後のフライトが出来なくなる欠航をすると、その会社が補てんする義務があると、このKIWI.COMがいっています」とカウンターの丁寧な対応してくれる女性に伝えると、直ちに、

ANAの朝一の札幌便に振り替えてくれた。

それはとても助かったのだけど、航空会社って同じシステムにアクセスしてすぐそういうことができるって知らなった。

さて、朝6時台の飛行機で札幌向かったので、8時ころにはもう着いた。

千歳空港は閑散としていた。

ほとんどのお店も閉まったままで、それは早朝だからではなく、北海道の地震の影響は大きく、殆どのお店が営業休止状態だった。窓口みたいな場所の女性にあと4時間くらい、何して過ごせますかねと質問すると、ニコッとして、千歳空港の隣の駅 南千歳駅にショッピングモールがあって楽しいですよと、ニコッとしている。この状況でもニコッとできる女性は凄いなあと思った。 ああでもオープンは10時からだから未だですねと言っていた。

空港にいてもしょうがないので、電車で千歳駅へ行った。千歳駅周りは、ちょっと寂し気な街で、とりあえずコンビニくらいしかないので入ってみるとなんと棚がからっぽだ。地震の影響がそんなに大きいとは知らなかった。首都圏でいうと東日本大震災以降、物がすっかりなくなったような状況が、起きていた。

駅から5分くらい歩いた場所にイオンもあったので入ると、朝まだ8時台なのに、多くの物が売り切れ、多くの人が買い物に訪れ、レジには行列ができていた。

牛乳、卵、納豆、ソーセージ、パスタ、そんなものが売り切れていた。そういうものが優先的に買われているらしかった。

牛乳が体に悪いと言っている人たちはこんなときでも牛乳買わないかな?そんなことが頭に浮かんだり、物資が急になくなっている北海道をみて、当たり前の生活なんてあるとありがたみがわからないのに、なくなるときはあっさりなくなることを目の当たりにした。

南千歳駅までもどって、レナショッピングモールもいったが、

当然人はあまりいない。軽井沢のショッピングモールとも似ている。ちょっと小さくしたくらいでかなり大きい。

空港もこのショッピングモールも、中国語での宣伝が多かった。免税で買い物できることをあちこちで宣伝していた。

WechatPAYやAlipayでの支払いが可能

なこともあちこちでアピールされていた。

現地の人の物資が不足しているのに僕が食べては申し訳ない。でもあまりに腹減って、コンビニのおにぎりだけ2個食べた。写真を撮ってFBにアップして北海道の状況を知らせた。

空港にもどって、釜山行きの飛行機に乗ったら、ガラガラに空いていた。格安チケットがこのルートを選んだ理由が分かった。

釜山ではトランジット時間も2時間くらいだったので、空港の中にいた。空港からみえる釜山の光景は天気の良いのどかな港町で、さっきまでいた千歳と大きく違った。

北海道ははひどい状況とは言え、空気は北海島にしかない特別な美味しい、綺麗で、静逸で、近くに大自然とか牧場があることをわからせるような空気でわずか4時間の滞在でも久しぶりに北海道にいれたことをとてもありがたく感じた。

この釜山も一度しか来たことないが、そのときのことを懐かしく思い出していた。韓国第二の都市だけど、ソウルよりずっとのどかな感じなのだ。人の感じもソウルよりのどかな印象を受けた。

ここでPCをチェックしたら、

Airbnbから返事を出せとアラートが出ていた。

見てみると上海のホストが、今日の泊まる部屋の案内も送ってくれていて、いくつかメール来ていたのに返事してないから、トラブルに巻き込まれたのか? 大丈夫かというメールも来ていて、大丈夫だと返事しておいた。

飛行機が上海の空港に到着し、今回はガイドブックも持ってなくて、あまりに準備もなくて、これはかなりまずいことに気が付いた。

空港で一週間使えるSIMカードを買って

スマホに入れてもらった。その時に、SIMカードを空港内で売る女の子が全く不親切で適当な説明で一番高いSIMカードを売ろうとしていた。日本人なら甘いからそれで買うだろうと見くびられているのが明白で、キチンと抗議して、より安いSIMカードにしてもらった。全く表情からしてこちらをバカにした態度のままだった。おまけにそれが規則らしいが、SIMカードと私を一緒に写真にとってすぐにどこかに

Wechatか何かで送っている。

中国での出だしがこれだった。

このSIMカードは、通常の中国国内のインターネット制限と違い、海外からの旅行者向けにグーグルもFBも制限付きながらある程度使えた。そのためAirbnbとグーグルマップや情報を検索しながら、目的の宿泊場所に向かうことができた。

ただその前に面食らったのは、多少歩いてから地下鉄の駅に着くと、改札通るたびに、空港の手荷物検査機械と同じようなものがあり検査を受けることだった。

中国では地下鉄ですらいつテロが起きるかわからない緊張感があるかのようだった。

多くのビジネスマンの上海主張ではタクシーを使うのだと思われ、地下鉄は主に、中国の人が使っているようだった。

要は、上海で綺麗なホテルに泊まり、タクシーで移動して、オフィスやら他のホテルの会場を移動するだけだと、上海のごく一面しかみれないことがよくわかった。

地下鉄も、固体のシートで全くクッションはなく網棚もなく、とても無機質で、人に優しくなかった。

迷いながらも目的の駅に着いた。迷いながらなので、一気に、

中国の地下鉄についていくつもわかり憶えた。

最寄駅から部屋まではホストが詳細に写真を送ってくれていた。それでも迷ってしまった。

ホストは辛抱強く、地図のキャプチャー画面に自分がペンでなぞった線をかいた図を送ってくれて、僕は目的の部屋まで近づいて行った。

ボロボロの壊れて朽ちかけたマンションの横に、ちょこんと、ふっくらした、かわいらしい女性が立って僕を待っていてくれた。

僕がその部屋を選んだのは、そのホストの部屋紹介があまりに正直で自分に似たものを感じたからだった。

部屋は5階でエレベーターはなくて階段を登るしかないから、足に自信のある人だけ来てね。

というような説明だった。

ただ、僕は誤解していた、その部屋にどこから鍵を手に入れて入るかまで詳細に書いてあったので、一人でその部屋を使うのだと思っていた。

ところが、その可愛い女の子もその部屋に住んでいることが分かった。

奥の部屋がその子の部屋でキッチンとその子のへやの中間あたりに僕が寝る場所が作ってある。

部屋は外側からは信じられないほど、白を基調に綺麗に内装を作られていて、いたるところにヌイグルミが置いてあった。

僕の寝るところも、

ミッキーマウスや、クマのブーさんや、

そんなものがたくさんあった。

彼女は僕に言った。ここには、若いツーリストが旅費を節約するために来ることばかりだから、あなたのようなゲストは珍しいの。何かあったの?

僕は事情を手身近に説明したが、こんな狭いとこに僕と一緒で気にならないのかなと不思議だった。

僕にはAibnbのホストとして、

少なくとも怖い人ではないとわかるレビューがたまっていたのでそれで判断したのだろうか? まあそれ以上突っ込まないことにした。

もう夜も遅いし僕はまた二日間寝てないので、疲れていた。

ただ、明日から参加する、ブロックチェーンのイベントの会場のことを彼女に訊いたら、スグ調べてくれた。それをAibnbのメッセージングに送ってくれるように頼んだ。

そして、彼女からこの会場は、駅からかなり歩くから、地下鉄でなくて、タクシーが便利だときいて、それをあっさり信じた。

英語がやけに上手で、話も全てわかりやすく、スジのとおる、恐ろしく頭の良さそうな彼女が言うのだからそれに間違いはないと思った。

仕事で英語を使うのかときいたら、少しとこたえるのだけど、少しでこんなに英語が上手なのは、不思議だなと思いながら眠りについた。

彼女は自分の部屋にもどって鍵を閉めたのだと思う。

9月11日

イベントに遅れそうで、慌てて部屋を飛び出て交通量の多い広い道路でタクシーを拾うが、イベントの住所も英語で書いてあるためか、5台ほどのタクシーにスマホでそれを表示して見せてもわからないらしい、その住所をタップすると地図が表示されるので、それならわかるはずだと運転手たちを説得しても全く取り合ってもらえないことが続いた。

ホストの彼女から送ってもらったはずのメッセージは見当たらず、僕はがっかりした。(これも後でまた新しいことが分かった)

運転手たちの不親切ぶりにもあきれた。

ここまできて、目的のイベントに遅れたらバカみたいなので、あせって、またタクシーを止めて、そこに行こうとすると、ドスン。

僕はスクーターと衝突した。

右膝に激痛が走ってうめいた。やっちまった。その瞬間、スクーターの運転手は、悪意と攻撃性に満ちた瞳で僕を睨みつけていた。

(俺のスクーターにぶつかりやがって)と怒っているようにしか見えなった。

上海のスクーターは全部電動で、自転車のように音がしない。よく見ると、多くのスクーターには外側を守るように鉄バイブを使ったガードが入れてある。

これで人にぶつかったら、怪我は増えるだろうけど、スクーターが守れることの方が大切らしい。

そのあからさまな悪意に満ちた瞳に驚いて痛みを少し忘れた。

少しずつ身体を動かしていくと、打撲だけで、骨折も、脱臼も 捻挫もしてないらしいことが分かった。不幸中の打撲のみ。

僕はまたタクシーを探し拾い続けた。やっとそのスマホの地図のところまでいくという意思表示をしているらしいタクシーを見つけて飛び乗った。

その地図には外国度大学が会場の近くに表示されていた。タクシーは確かに外国語大学の前で自動車を止めた。

スマホを上海でタクシーに紛失または盗難どっち?

でもイベントの会場になりそうなとこなど見あたらない、ホテルか何かがあるハズだ。運転手と話すと、かなり遠くの建物を指してあれもホテルだと、もううるさいから降りてくれと言わんばかりだった。

お釣りをもらい、レシートがなかったけど、タクシーを降りた。降りたとたんスマホを返してもらってないことに気が付いた。タクシーを呼び留めようとしたけど、慌てるように走り始めて走り去ってしまった。

イベントに参加する方法をすっかり失い。ここまで労力をつかって上海に着た自分がとてつもなく情けなくバカで途方に暮れた。

スグに気を取り直して、近くにいた、中国の人達に英語で話しかけてもまるで通じないし、不親切そのものだった。

例えば英語が通じなくてもこちらが何を伝えたいか注意を払ってくれれば何等か伝わることを、多くの場面で経験してきたけど、そこまで至らないのだった。

やりてババアのような風貌のしわくちゃのおばちゃんにもきいてみて、あっちいけみたいな邪険な態度をとられた。

何を聴こうとしているかというと、手持ちのPCにイベントとチケットの情報をダウンロードしていたことを見つけて、その情報から会場の場所をききだそうとしたのだが、さっきのタクシーの運転手に邪険にされるのと同じことだった。

それでもめげずにそれをくりかえしていると、さっきのやりてババアのようなおばちゃんが、夢から飛び出たような、美女二人を僕の所に連れ来る。

これはなにか朝っぱらから違う商売をしかけられているのだろうか? おれはそんなにスケベに見えるのだろうか? という思いが瞬間頭をよぎった。

その二人の女性は一人はブロンド、一人は茶色の髪、で二人とも170㎝くらいだろうか。痩せすぎてないモデルみたいな体型で、

柔和な表情で、ヨーロッパか中東あたりの人なのかなという顔立ちだった。

ともかく話すと、一生懸命僕を助けてくれた。すぐに事情を理解してくれて、自分のスマホでその住所をしらべて、これはホテルをさしているのですねと聞いてくる。

そう、そうのハズだ。

会場はW-HOTELというマリオットホテルグループが新しく立ち上げたホテルブランド

なのだと後からわかったが、不親切の極みが、Wとだけ表示してホテルと表示しない。住所であっても、Wをブランド化したいという異常なマーケッティング手法らしく、それで僕のように迷う人は他にもいると思うのだけど、知ったことではないというやり方だった。

ともかくその二人組の女性は美しいだけでなく、焦っている僕を落ち着かせようとしてくれていることも伝わってきた。このトラブル中なのにあんまり素晴らしい二人に意識が奪われていった。

それで二人が会場の場所はわかったということだけど、僕が中国語まるでだめなので、捕まえたタクシーの運転手に彼女たちが事情と場所を説明して、トロケてしまいそうな笑顔で手を振りながらその場から送り出してくれた。僕はあのやりてババアのようなおばさんにも感謝すべきだった。やりてババアとか思ってごめん。見かけで判断して

その二人の子には何かお礼したいくらいだったけど、何も思い浮かばす、どこの国の人なのかきいたら、

ウズベキスタンとカザフスタンだということだった。

あっさり会場のホテルについたが、最初からの2公演は終わっていた。ヴィタリックとか。

会場のホテルでは美味しそうなデザートが多種類用意されていた。朝飯も食べてないというか昨晩の夕食からたべてない僕が、たまたまリンゴをとって食べたら無性にうまい。

疲れたり、混乱した心と体を癒してくれるようにうまい。それで僕はリンゴを5個も食べた。

さて、僕が最初に聴いた講演は

日本銀行(Bank Of Japan)でヨーロッパECBと日銀が共同研究しているSTELLA

というプロジェクトの紹介だった。

株等の証券も含めて有価証券全体を精密にブロックチェーンで管理運営するかのようなプロジェクトらしかった。

仮想通貨とブロックチェーンのおかげで、多くの人や企業が、自分のトークンを使って中央銀行っぽいことをできそうなこの時代に。

本物の中央銀行はさらにその先の仕組みを考えていた。

”脱中央集権”といっても、中央集権化された組織に優秀な人たちがいて

その人たちがこれからも主導権をとる未来が来る可能性もかなりあるのかな、いやだなと思いながら聞いていた。

Wホテルではお菓子も、食事も上質なものが振る舞われた。丸一日を2時間ごとくらいにわけて、食事やお菓子の時間を入れて全体がだれないように運営されていた。

見た目地味で小さなパンケーキのようなお菓子があって、食べたら、最高に美味しい生チョコかチョコクリームが中に入っている。地味過ぎてみんな気が付かない。

日本だと和光デパートで売っていたトリュフチョコが一粒500円とか1000円とかの自分の知る一番おいしいチョコだだったけど、それに迫る、ちょっとしか負けてない味だった。それをしつこく食べていた。

色々講演を聞いて、タクシーも怖いので地下鉄で泊っている部屋の最寄り駅に向かった。驚いたことに、ホテルのすぐ近くに駅があり、一回乗り換えるだけですぐ宿の最寄り駅までついた。

地下鉄で行けばよかったんだと、その時気が付いた。

 

最寄り駅まで戻ると、駅の出口すぐ近くは食べ物屋も何もなくそのまま部屋に戻ってもしょうがないので、あたりをぶらぶらしてみると、

レストラン、マッサージ屋、コンビニ、バー(女性が客引きしているスポーツバー?)、アダルトグッズを展示して店内でそれを使用できるような青いライトでディスプレイしている店、等が10点ほど軒を連ねている一角があった、その角の店が台湾料理屋で、店の前で、60歳くらいだろうか、おじさんが、安心だよ、美味しいよ、いい店だよと話しかけてきた。

ちょっと前まで台湾にいたと言ったら、あきらめたみたいだけど、グルグル回って、その店が一番まともそうだったので、戻ってきて、おじさんにここで食べさせてもらうというと嬉しそうに店内に案内してくれる。若いスタッフに迎えられて、彼が、その喫茶店と、レストランと、甘味処見たいな3店がまとまった店の店長だかオーナーらしいとわかってきた。その3店分のメニュー全てから選べるから、種類がともかく多い。麺類だけでも、見開きページにびっしりと、あったから30種類くらいだろうか。それも全部せいぜい20元から30元程度だから、300円から500円程度までだ。

僕は汁なしの担々麺みたいなものを頼んだ。これがうまい、22元だった。それと、お汁粉をシャーベットにしたような台湾でたべたことのあるデザートを食べた。甘さ抑えめの小倉あんの小豆とかき氷が絶妙だった。

店長に、このエリアで一番安心してマッサージを受けらるのはどの店かきいたら、隣の隣の店まで連れて行ってくれた。エラク高級感漂う内装だったが、料金は確か日本円換算で一時間2500円程度だった。男のマッサージ師がきて、やってもらったが、僕の体が大きくて大変なので、途中から指圧からひじとか使いだした。それでも全体としてはそれなりに丁寧にやってくれてはいた。ただ、全体のまとめ方が、日本のリラク(日本のマッサージチェーン店)の基本的な進め方とあまりに似ていた。まあ同じようなものなるものなのかもしれないが不思議だった。彼とは彼のスマホの通訳機能で少しだけ意思疎通ができた。ちょっと恥ずかしがりな、マジメそうな男だった。

さて部屋に戻るには、一人で部屋に入ろうとすると、そのボロボロのビルの入口で鉄格子のドアがあり、その横にテレビ電話があり、その下に鍵と一緒に繋がっている、トークン(プラスチックの板みたいなものにFelicaのようなICチップかなにかが入っているということらしい)を近付けると鍵外れて中に入れる。そっから階段を5階まであがるのだけど、いちいち踊り場で強くバタンと足音を立てないと自動照明が付かない。そして5階までたどり着くと、また部屋の前の鉄格子のドアを鍵で開け、その奥の網戸と一体になっているようなドアをあける。中国のマンションはこんなボロボロの建物でもこういうのが一般的なのだろうか? だとしたら、どれだけ治安が悪いのを恐れているんだろう? ゾッとした

部屋は暗くて静かで、シャワー浴びて、寝ることにした。

9月12日

浅い眠りのまま朝になると、奥の部屋からマリー(ホストの仮名)が出てきた。居たのかよ! そこまで気配を感じさせないものなのか? マリーへの違和感は日増しに強くなっていった。 マリーに、スマホを失くしたこと、昨晩いるのに全然気が付かなかったこと、上海のタクシーはとても行き先を教えられるようなものではなかったこと、等を話した。その日もイベントに行くので、それをマリーに言うと、タクシーを拾わなくては(??!!)というので、おもわず、

俺は2度と上海のタクシーは使いたくない! (I DO never want to use Shanghai TAXI again!)

と大声で行ってしまい、気まずい雰囲気になった。

それから、今度は地下鉄を使ってイベント会場のW-HOTELまで行くとじつにスムースだった、駅からも近い、なぜマリーはW-HOTELは駅から歩くからTAXIをなんて説明をしたのだろう? 彼女は何者だろう? 英語がうますぎる、会話が洗練され過ぎている。謎が多かった。

ブロックチェーンのイベントでは昨日と同じように、美味しい料理とデザートがふんだんに2時間ごとに振るまわれていた。講演は全般的に日本より、本格的なビッグビジネスへの現実的な応用を目指すものや、アカデミックなものが多く、規模も1000人程度が聴ける会場で、量・質共に、日本ではなかなかないイベントだった。

日本の経済産業省の人の講演もあった。

彼はジャパンソサエティーはウーバーのようなサービスを望んでいない、日本のタクシーはサービス品質も良くジャパンソサエティーはそれで満足している。という説明で、料金面のでより安いサービスや、個人がタクシーを簡単にビジネスにしたいような要望もあることはまったくジャパンソサエティーにはないかのような説明を勝手にしていた。日本人はでなくジャパンソサエティーというのは、業界団体と経済産業省のことだけではとしか思えなかった。

日本社会の官僚と業界主導が行き過ぎた暗部を上海で見せられた思いだった。

ブロックチェーンの健康への応用でプレゼンしたスタンフォードの教授が一番印象的で素晴らしかった。

これからの健康と医療に望まれることを見事に言語化できていた。

EOSの開発チームでUK(イギリス)

の面倒も見ているとかいう若者とは2日間かなり話した。

彼の良いのは、EOSは今高い評価を受けているけど、内部にいながらまだまだこれからどうなるかわからない要素が色々あると、率直に話してくれたことだった。

他にも何人か、本当はその後も交流を続けたいような人達に会えたが、スマホもなくしたままだし、面倒くさがりの僕はそれっきりで、連絡先の交換もしなかった。

 

そしてイベントの最後でも、席の半分以上はうまり、中国にブロックチェーンに真剣な人たちが多いことがよくわかった。

そのイベントは、ワンシャイという人だかグループが主催するもので、その人だかグループは中国の政治の上層部と関係が深いらしいとか言う話も他の人から聴いた。

そもそも、そのホテルの中の雰囲気と、僕が泊まっている建物は真逆の別世界だった。スラム街と高級ホテルみたいな。

イベントも終わってまた僕は一人で上海をうろついた。

地図もないし、モバイルでネットアクセスする手段もないし、ネットアクセスできても、ネット規制の厳しい中国のインターネットでは必要な情報を見つけ出すことも僕にはできなかった。

だからまた、昨晩の気楽でうまくて安くて感じのいい宿の最寄り駅から歩いて行ける台湾料理屋で飯を食べた、その近くをうろついただけだった。

交通***と看板のある建物があって、何だろうと近づくと多数のスクーターが一気に出てきた、訳が分からない。

そこに近づいていくと、どうやら川があって、堤防があって、その上に遊歩道があって、そこでジョギングをしているらしい人影がプラスチックみたいな外壁越しに見えた。

階段を見つけて、そこの遊歩道まででてみたら、その光景に息をのんだ。

ディズニーのエレクトロニカルパレードを雄大にしたような景色だった。

遊覧船はマストから、LEDでイルミネーションされ幻想的な世界を作りだしていた。

対岸のビル群は全体が巨大なネオンサインのように動的な夜景を作り出していた。

川を渡るスクーターのために両岸を結ぶフェリーが行ったり来たり運行していた。

川を横断するトンネルはあるがそれはおそらく自動車専用道路で、スクーターはこの船で渡るということらしい。

広い川からは涼しい風が吹きわたってきて、臭いにおいはかけらもせずに、むしろ日本の川よりきれいなのかもと思えるほどだった。

あまりに素晴らしい景色で、かなりの時間それを眺め、スクーターを運ぶフェリーが5往復するくらい眺めていた。

この川を渡すフェリーも中国で交通何とかの管轄らしい。

そこから部屋に戻ると、マリーがいた。

そこで急に思いついたのだが、僕のなくしたスマホにいれた中国のSIMカードには音声通話機能もついていた。

マリーにそれを伝えて、電話番号も教えると、賢そうな瞳がさらに賢そうに妖しく輝いて、シャワーを浴びたばかりで、バスタオルを肩にかけ、新鮮そのものの彼女は自信にあふれたように、自分のスマホをいじり始めた。でもこんな女の子が無防備で不思議な感じがまたした。シャワーを浴びたばかりのマリーは本当にみずみずしくて魅力的だった。

それを見ていてもしょうがないので、自分もシャワーを浴びた。シャワーから出てくるとマリーが、見つけられなかったと残念そうに言った、スマホの電源は切られていたと。

「ここは中国なのごめんなさい」 ”I am soryy, Here is Cina”

と彼女は言った。僕は「キミが誤る必要はない」 ”You do not have to say sorry, It is not your resposibility.” と言った。

 

彼女の発言は素晴らしいのだけど、そのまるで彼女が中国を代表するかのような発言にまた違和感を多少感じた。

マリーは本当に不思議でかわいい子でヌイグルミをそんなに部屋に置いているような子だけど、ものすごい受け答えがしっかりしている、英語がうますぎるくらいうまい、

ブロッコリーを大量に茹でておいてあったので、これ一気に食べるのときいたら、少しずつ弁当にいれてもっていくといっていた。他にも栄養的にベストバランスになるように料理をつくり、それをきちんとタイミングも計ったように食べているようだった。自分の健康への配慮も完璧に思えた。

こんなボロボロの建物の中に、おしゃれて、綺麗で、ファンシーな部屋を作り出して、照明も、シャワーもあちこちボロボロになりそうなところを、丁寧に手直しして暮らしているのがわかった。

でもなにかが不自然なんだ。僕は自宅で

Aibbnbのホストを2年半やって多くの国の人に接してきた。

でもマリーのような印象を受けた人には会ってなかった。何かがとてもしっかりしすぎてバランスがとれてない、僕の考えすぎかもしれないが、マリーが、僕には怖く思えてきた。何か僕は監視されているように思えてならなくなった。

でも帰りのエアチケットの時間を確認したら、一泊増やすしかなさそうだ、それをマリーに言うと、Aibnbでホスト側からその手続き方法があるそうで、それをやるという。

マリーは若いのになんでも詳しかった。また浅い眠りについた。彼女は部屋に戻って鍵を閉める音がした。

9月13日

この日は自由日だった。地図もないまま、スマホもなく、ネットも使えない僕は、それでも上海をぶらつきたかった。

ともかく広い通りをまっすぐ歩くことにした。地下鉄には少し詳しくなったので、どこかで地下鉄の駅にあたれば、そこから引き返せると思ったのだ。

 

ただ、ただ、3日間通った台湾料理屋の前の道路を真っすぐ歩いていった。その前に金がなくて、マリーにクレジットカードで金(人民元)を下すにはどうすればいいのか聴いていた。部屋を出る前に。

おろせるところでいいの? それとも なるべくいいレートでおろせるところを知りたいの? 全てがこの調子でキチンと訊き返してくる。

僕は面倒になって、おろせるところがわかればいいとこたえた。銀行のATMからおろせるとのことだった。台湾ではコンビニのATMからおろした。

中国はキャッシュレス社会にもうなっているとよく聞くが、なぜか銀行がやたらに目についた、たしかにクレジットカードで人民元を銀行ATMからおろせた。

 

僕は道をただまっすぐあるいていっただけで、あたりは、銀行だらけで、???おしゃれできれいな雰囲気になってきた。

上海の金融中心地に知らないまま入ってきていた。

あんなボロボロの建物エリアから歩いてこんなピカピカのところまでそんなにかからずこれたことになる。

途中、大型ショッピングモールというかデパートみたいなものがあり、デパ地下の広いようなものもあって、雨もひどくなっていたので、ここの中をよくよく見て回った。中国の食材、料理を見て回った。ナマコが数万円もする高級食材として売られていた。

もう疲れ切って歩けないと思ったけど、中国版の甘酒みたいなものを見つけて飲んだら、また体が動き出した。

そこから上海中心というビルが見上げられるので、ともかくそれに登ってみようと思い立った。

付近で喫茶店にも2回入ったが、一つはその年賞をもらったと表示されている喫茶店だった。確かにバランスがとれた素敵な味のコーヒーで清潔な店内だった。あまりに僕の泊まっているエリアと違って妙なかんじすら勝手にした。距離的にはたいしてはなれてないのに、そのコーヒーは東京でも僕はあまり記憶のない上品で美味しいものだった、40元だったので、あのおじさんの美味しい担々麺の2倍の値段のコーヒーだった。

なんとか上海中心についてチケットをかって、

上の展望エリアに来た、地上から600m近い高さにある展望フロアからの景色は、まるで飛行機の離陸時の景色のようだった。

高尾山の標高より高いところに瞬時にエレベーターで来れるんだ。

そこから上海を見下ろしこの数日自分がオタオタと彷徨っていたエリアも見つけ出した。

上海は屋根はきれいにしてある建物がほとんどで、上からみるとかなりカラフルで綺麗に見えた。ところが僕が泊まっていた狭いエリアだけ、屋根もくすんでいる。どうも工事で取り壊されるエリアらしかった。なぜマリーはそこに住んで、Aibnbのホストをやっているのだろう。そんな話もできなかったが、わずかなお金でも稼ぎたかったようなことも言っていたような気もした。

でもそもそも彼女は優秀なビジネスマン以上の能力も知性も持っているように思えてならなかった。

上海中心というその超々高層ビルからは上海を広く見渡すことができた。

まるで、透明な山の頂上から山のすそ野の中までも見渡せているようだった。この4日間、過ごした上海がこんなトラブル続きでも愛おしく思えた。

上海は、広い川だか運河が蛇行して街を囲み、海に面していることも見渡せた。飽きずに眺めて、上海の町並みで気が付くことがいくつもあっった。

あのWホテルは、空にまで ホテルの表示なくただ Wと表示していた、あまりの意固地ぶりにあきれて苦笑いした。そういうブランドなんだ。

マリーのへやの近くのイートンホテルも、ノボテルホテルも見つかった。昨晩僕が眺めた。川沿いも、自分が歩いた道も、イベント会場も、ともかくすべてが見渡せた。

いや、あのスマホをなくして、ウズベキスタンとカザフスタンの女の子に助けてもらった場所は、見つけられなかった。

景色が夕方から夜景が怪しい美しさを放つまで僕は景色を眺めていた。自分が歩いた場所は特別な場所と見渡せた。

地下鉄でまた宿の最寄り駅まで戻った。またその台湾料理屋にいって、3日間連続で夜食をそこでたべた、店主の親父さんは二日目僕がまた来たことをとても喜んで一番いい奥の席にすわらせてくれたが、3日目はいなかった。

注文したものと違うものがでてきたりもしたが、黙って食べた。それもまあ美味しかった。

その夜、マリーは自分の部屋で寝ているのかよくわからなかったが、ともかく監視されているような不思議な感じてまた眠りは浅いままだった。

9月14日

フライトは8時だったので、

そのまま眠れないで寝ころんでいてもしょうがないので、起きだして荷物を詰め込んで、部屋を出た、部屋を出るとき

サヨナラマリーさん 再見(ツアイチェン)マリーさん

と言ってからでたけど、もちろん反応はない。また会うことも全くないだろうに再見というのだな、中国では。

さて部屋を出ると4階の部屋からまるで僕を追いかけるように突然ドアが開いて、男が飛び出してきた、怖かった。リアルホラーだ、午前4時あたりは真っ暗、これが偶然の確率は少ないだろう。

その建物の一回には警察官が表彰されたような写真が飾ってあった。

怖かったけどともかく外に出て、まだ地下鉄も動いてないし、地下鉄動くのまっていたら、フライト逃す恐れもあって、

あれだけもう嫌だと思っている上海のタクシーを拾うしかなかった、簡単に拾えて、空港なら流石にすぐわかったようで、走り出した。

やけに飛ばしている、方向指示器を出さずに、やたらに車線変更をする。僕はシートベルトをして祈るしかなかった。一般道で90㎞くらい出していた。

空港に着くと上海の空港は、国内線と国際線がまざったターミナルが二つあって、間違ったターミナルに来たことが分かった。

空港の係員は吐き捨てるように、隣のターミナルまで歩いて行けという、どう見てもかなりの距離なので、タクシーをまたしても使った。

飛行機はスケジュールより少し早く飛び立った。早めに来ていて良かった。

韓国大邱に2時間もたたずについた。

大邱空港から見える景色は殺風景で、韓国の人からも大邱は何もないところだと聞いていたので、つまらないのかなとおもいながら、

ともかくまたタクシーに乗って街の中心部に向かうことにした。

運転手とはまた意思疎通ができない。いるぼん?(日本の韓国語での発音)ときくので、イエー(韓国語のイエス)とこたえると、

スマホを操作している。翻訳ソフトでも立ち上げるのだろうか? そのスマホを僕に手渡しして、話しなというジェスチャーをする。

耳に当てると、綺麗な日本語が聞こえてきた。

完璧な日本語というより、普通の日本語より、ちょっと古風で、丁寧で、そもそも声が綺麗で、少し哀愁があって、ずっと聞いていたくなるような声の女性が話しかけてきた。

20時間だけ、大邱にいられるので、何をしようかと思っていることを話した。まだ昼飯時なので焼き肉屋はやってなくて ビビンバはどうですか?という

お奨めの大邱のビビンバ店

にむかうことになった。運転手には彼女が説明してくれているようだった。ともかく美しい声と言葉の女性だった。驚いた。今でもその声を覚えている。

しばらくたつと、運転手がまたスマホを僕に渡してきた。見ると、その彼女がさっきの話を、日本語で要約して、メモとした書き留めておいてくれた。店の名前を、ハングルでも書いておいてくれて、まちがえませんように、この文字を目印にしてくださいとも書いてある。こんなに全体的に配慮のある美しい文章のメールをもらった記憶がなかった。

電話で話している時にも、思わず日本にいたのですか?ときいたら、一年間だけいました。というのだけど、一年間日本にいただけで、こんなきれいな日本語話せるとは不思議でならなかった。

全く、商売でもないのに、とことん丁寧で親切で、親身で素晴らしい対応をしていただいた。さっきまでいた上海とのコントラストでそれが一段とありがたく思えた。

そのお店は、伝統のある歴史もある店なのに、新しくきれいな内装で、店員はきびきびと働き、客の目線だけでもすぐに対応してくるほどだった。

韓国料理の賞をもらっていることも書かれていた。

石焼きビビンバをたべたら、確かに素晴らしかった。甘みも、辛みも、材料も、熱さも、かすかな焦げ具合も、全部見事にバランスしていた。唯一量だけが僕には少し少なかった。

そのあたりが大邱の中心部らしい、ここにも上海の僕がいたところにあったノボテルホテルの看板が見えた。

DARAK BAN

という店ががあって、マッサージ機とうさぎとかそろっていて、ともかく堕落する程いられるカフェらしかった。そこはまだやってなかったけど、その店の下に、ルームカフェというのがあった。2畳くらいのスペースがそれぞれ、テーマに沿って作られていてそこで過ごせるカフェらしく、女性専用らしかった。メガネがやけに似合う、細身の、秋葉原あたりのオタクの目をハートマークにさせそうな、店員が、説明してくれた。対応が洗練されていて、それだけでもおしゃれだった。何か自然にこちらが何を考えているのか感じ取れるかのようだった。これも上海で全く感じられなかったことだった。

デザートカフェというのにはいってみると、メニューに多種類のデザートが記載されていて、僕はまた小豆かき氷みたいなものを頼んだ。かき氷は粉雪のようなフワフワだった。小豆も旨かった。FeeWIFIもあった。上海でずっと、まともなインターネットアクセスもできなかったので、そんな当たり前のことが、とてもありがたく嬉しかった。一人で切り盛りしている男の店員もおしゃれで、少し日本語も話したが、それ以上に、こっちらが何を考えているか察してくれるのだった。大邱の人達は、驚くほど洗練されていた。ソウルや釜山で感じたものより、東京で通常受ける平均的なサービスより、レベルが高いように感じられた。特に数時間まえまでいた上海との違いに、しびれた。人間はこちらの気持ちを感じ取って配慮してもらえることにここまでしびれてしまうのだと、実体験した。

雨の中また歩き続けた。現代デパートの中もちょっとみてみた。漢方薬の市場みたいな場所がありあたり一帯に漢方薬の匂いが立ち込めていた。どうせ税関通すのが大変だろうから何も買わなかった。

ビビンバがあまりにおいしかったので、3時間か4時間くらいたってから、またあの店に行って、冷麺を頼んだ。店員もまた来てくれましたねという対応だ。冷麺も美味しかったが、ビビンバほどは感激しなかった。

またともかく歩き続けたがもう限界で動けなくなるか、倒れそうだった。もらった観光マップをみると、Gのマークがいくつもあり、それはゲストハウスのことだった。

また迷って何度もうろうろしながらも、

共感ゲストハウスというところ

について、そこに入った、受付の男女二人のスタッフは英語が通じた。そこにチェックインして3時間くらい寝た。体がまたしばらく動ける程度に回復した。 清潔で機能的でとても良いゲストハウスのようなのに、他のゲストには会わなかった。近くに統一教会の協会があった。

ゲストハウスの宿泊費の20%は脱北者の支援に使わせてもらいます。あなたは自動的に支援してます。と書いてあった。

身体が動くようになったのでまた大邱を歩き続けた。夜遅くなると、大邱のある通りは、祭りのようににぎやかになっていた、クラブ(若者の言うクラブ、昔のディスコのような)が並んでいるエリアだった。大邱は流れている音楽のセンスもよく。明るく、グルーブしているような曲が流れていた。また人々もおしゃれで、ファッションセンスもいい。

美人も多いが、よくみると、ソウルの美人とは雰囲気が違う。もっと優しい表情で、ファッションセンスで美しく見せているような自然な感じの人が多かった。

一番驚いたのは、仲のいいことが伝わってくる、カップルをやたらに見かけることだった。ペアルックでなくても、二人のファッションが調和していることだけでカップルだとわかるのだ。二人で話し合って服をきめているのだろうか? カップルの見つめ合う雰囲気が、二人だけの甘い雰囲気をつくりだしている。そんなカップルが街にあふれていた。

大邱なんて言う街だ。 クラブにも若くておしゃれな人たちが道まであふれていた。自分が浮いた存在であろうとも感じていた。

また腹が減ってきた。深夜で多くの店は閉まっている。もう午前一時だ。歩き続けて24時間営業の食堂を見つけた。そんな時間でも混んでいて、数人のおばちゃん(アジュマ)がてきぱきと働き続けている。メニューもよくわからなかったので訊いてみた。言葉は通じなかったが、日本語のメニューも簡単なものがあって持ってきてくれた。

その店の基本メニューの

とこせ鍋というもの

があるとのことでともかくそれを頼んだ。 とこせとは(と=トリ こ=牛ホルモン せ=エビ)をさしていた。

他の客は自分たちでやっていたが、僕では何もわからないだろうと、おばちゃんが鍋も料理してくれた、少なめの水で、コチジャンのようなタレが盛られて、思った以上に長時間強火で熱を加えていた。

辛いけど、辛すぎて素材の味がわからなくなることはなく、それぞれの素材が相乗効果で旨くなっていた、水が少なめなので、旨味も濃く感じた。コチジャンのようなものもそれだけでない旨味があった。おばちゃんたちは毎日24時間そればかり提供して、ベストバランスを導き出しているようだった。テレビ取材を受けた様子の写真も飾ってあった。この韓国料理はたべたことなかったが、実は東京に戻ってきてからも一番思い出す料理だった。

おばちゃんたちはまったく愛想を見せなかったが、それだけの料理を提供してくれていることに一言お礼をいいたくて、帰り際に、おばちゃんたちの方にちかづいたら、

即座に出口はあっちだと、叱られた。 チョンマル マシソヨ チャルモッゴスムニダ 本当に美味しかった、ごちそう様でした。 というと通じたようで、1秒間だけ笑顔を見せてまた、皿洗いに熱中していた。すごいおばちゃんたちだった。料理人というより、熱心な労働者みたいな。

それにしても大邱は高いビルも少なく、危なそうも店もみつからず、清潔過ぎてそれも不思議だった。

会話を楽しめるバーという看板を見かけて入ってみると、女性とカウンター越しに話をできるバーだった。

いる女の子はみんなかなり綺麗だったけど、全員日本語はまるで話せないのだった。

若い店長が来てビールを注文すると、最初から3本もってくるので、僕はすぐ帰らなければいけないことを告げて一本にしてもらった。

大邱で初めてのひょっとしてぼったくり?

かと思わせる店だった。すぐにビール一本の値段で店をでたが、大邱にもそんな店があって逆にホッとした。

共感ゲストハウスにもどった。共感ゲストハウスには理念があって、人間は共感することが大切で、旅人がこの宿に泊まるということはその人の生きざま、人生を一時期この宿にうけいれるということとかいろいろ書いてあったが、僕のとまった6人部屋は僕しかいなくて、広い個室に泊まっているようなものだった。なんでこんなに空いているんだろう?

時間がないので、ゲストハウスのをでて、タクシーを拾って、空港に戻った。この20時間のことはすべてもう夢のようだった。わずか20時間で多くの人に会った。

大邱の空港は軍事目的でも利用されているとかで、写真は撮ってはいけないそうだ。スマホを失くしたから写真そもそも撮れないけど。

飛行機は成田に飛んで行った。羽田じゃなかった。

僕はこの旅で、デサントのムーブスポーツのバックだけ背負って、手荷物だけなので、成田空港の税関もスグに通過して、成田エクスプレスに滑り込んだ。

東京に戻ってきた。

後日譚

東京でAirbnbをみたら、

マリーが何度かメッセージをよこしていて、一泊追加分の料金は僕がオファーを承認しないと払われないのでそれをみてくれというものだった。

僕の確認が遅れたので、マリーはAirbnbの仲裁システムに仲裁を依頼していた。そんなものがあるとは知らなかった。どこまでも詳しくて合理的な人だった。

あんなに可愛らしい外見なのに。

それとあのスマホを失くした日に、マリーから地図のURLが着てなくて慌てたけど、日本で見るとそれは送られていたことが確認できた。彼女を疑って悪かった。中国内での制限のかけられる範囲は本当にわかりにくい。それもマリーにメッセージすると、VPNを使ってと返事がすぐきた。彼女はVPNを使うしかないことも最初から知っていたのだとわかった。

無茶な旅の疲れはなかなか抜けなかった。この旅行記を書こうと思えるまで回復するのに旅を終えてから3週間もかかったことになる。

僕は、もうこんな無茶な旅をしてはいけないのかもしれない。旅の最中は大変でも生きている感じがした。

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jinsei-me

jinsei-me

全記事自分で書いています。
FBのリンク先で自分をさらしています。
興味の範囲が広いので、メディア名に大学をいれて、興味の範囲を学部で分類して書いてます。
今はブロックチェーンやトークンへの関心が高いです。

コメント

  1. 中沢正己 より:

    北野幸伯さんのメルマガを読んでいるのですが、お名前を拝見し、ホームページを拝読させて頂きました。私、中国で仕事をしている純粋な日本人です。中国の若い人の中には、住む所は貧しくても、すごい高級車に乗っていたり、実は投資家でお金を持っている場合が多々あります。(学歴も有る)マリーさんも、そのような人か、そのような事を目指しているのだと思います。
    それと今回上海で自分で食事されたところは、それなりに美味しかったとの事ですが、美味しいとすれば食品添加剤を大量に使用していると思いますので、次回からは気を付けてください。出来れば、日系コンビニの弁当が安全だったりします。

  2. jinsei-me jinsei-me より:

    上海、良い経験になりました。食べ物の安全の確保の方法がよくわからないままでおりました。上海には今年2回訪問しました。強行軍過ぎたせいだとは思うのですが、その後体調回復に3週間かかりました。私も北野さんのメルマガ、読んでいます。貴重なメルマガで、唯一読み続けられているメルマガです。

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