書評:芥川賞”1R1分34秒” 著者 町屋良平 iPhoneで練習を撮られる内省的ボクサー

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第160回芥川賞は2作同時受賞でした。
『ニムロッド』著者 上田岳弘 ビットコインが重要
『1R1分34秒』町屋良平 ボクシングが重要
後者のボクシング小説の感想を書きます。
ほぼ全部が主人公の独白
あらすじ(ネタバレなし)
主人公はボクサーで、あまり強くない。
心もボクサーに向いているのかと思うくらい優しい。試合前に対戦相手と友達になった夢をみるほど。
そもそも、ボクシングという反射神経を要求されるスポーツでこんなに考えてばかりいる。
何戦目かの試合に出る前と 試合の結果、その後の心と体の状態、反応が内省的に書かれていた。
転機は、この主人公にしては意外に思える程あっさりナンパして、あっさり部屋に連れてきて、してしまう。
エッ、そこまでの人物描写のイメージからは想像つかない。でもその意外性もあとでトレーナー
ウメキチ(主人公の次に存在感のある登場人物)
の告白のなかで大きな意味があったことがわかる。
その女の子も彼がいると、スグに告白しながらも、ベッドの相手もしてあげる。
それも試合前で主人公が甘えたくてしょうがない時は涙を胸で受け止めてあげる。
その数時間後には主人公に強烈なパンチを放つほどの(女の子がボクサーに)出来事がおこる。
主人公が独白をつづけながら、トレーナー ウメキチ との出会いによって、
人格が変わってくる、考えすぎる部分を彼に受け止めてもらい、
隠されていた野性が研ぎ澄まされていくかのような変化がでてくる。
最初は内省的な優等生のように見えた主人公が、我がままで強烈な個性をだしてくるようになる。
それでもボクシングは怖い。試合前の、怖さは、消えないこともかかれる。
ウメキチ「考えて。考えるのはおまえの欠点じゃない。長所なんだそれを俺が教えてやるよ」
このセリフが主人公が変化しだすきっかけになっているが、このセリフをきっかけに主人公は少なくとも”内省的にナィーブに”は以前ほど考え込まなくなってきている。
その彼氏のいる女の子とも意外にマメに逢っている。いなくなれば寂しいのを、想像している。
そして次の試合が近くなる。
感想
主にボクシング(それと女の子との恋人じゃない、ボーイフレンドごっこのような付き合い)を通じてこの若い主人公の心の動き、身体の反応が良く書かれている小説だ、場面の描写とか弱いがそれでいいんだろう。試合の後は生活費もなくなるのがわかっていて、
試合でも勝ちたいのが、死にたいのかわからないような気持を抱え、でも、若者にしかない、心の動きをみると、それは魂や生命の輝きを感じる。歳をとってしまった人間からすると。
他人をうらやんでもしかたないのは、知っていても、この感想を述べるために例えれば、どれだけ贅沢をできる、感性の鈍った金持よりも、こんなスレスレみたいな生活をしている若者の感性を羨ましいと感じる。それは生きているって、こんなことだよなと感じさせてくれるものがこの小説にはあったから。あら削りで、偏った小説だけど、この著者はそういうものを表現したかったのだろうなと感じられた。
生は、それをただ丁寧にだけ扱ったり、未来を心配したり、そんなことでは十分に感じられなくて、こんな世界、スパリーングがうまくいかず葛藤したり、倒さなければいけない対戦相手を友達のように感じてしまいながら、戦ってうまくいかなかったり、そんなわりきれないところにこそ、やっと強く感じ取れるのだろうなと思わされる小説でした。
ただ、場面描写が弱くて、女の子も 女の子としかかかれず名前もでてこない小説は、主人公の心のありようを思い出すのみで、それ以外は思い出しにくい、それでもいいのかな、そのほうがいいのかなというつくりの小説でした。
ボクシングと芥川賞 ボクサーの心象風景
主人公がその女の子に会おうとしたとき、「今日は彼といるから無理なの」と 断られて、正直に言ってくれた方が傷つかない。とかつぶやくんだけど、これは彼の性格を本当にうまく描写していた。芥川賞が納得できるくらいの小説だった。なんでこの馬鹿正直なセリフで主人公がその方が傷つかないとつぶやくのが大切かというと、何が本当かを知りたいから、そんなに強くもないのに、ボクシングにのめり込んでいるこの小説全体につながる一貫性を描写しているから。優しい嘘もあるけど、そんなもの求めてない心情を端的に表しているから。
きっと、ボクサーがボクシングに求めるものってそういう正直な現実、それを、動かせるものが、もうその時の瞬間の意志ですらなく、日々の意志によってトレーニングを継続する中で培われた、反射的に対応できる技術と体力に多くを負っていること理解する現実主義者だから。そんなことを想像しました。
余談
スポーツクラブで黙々とウェイトトレーニングをこなす、笑顔がなんとも優しい男がいて、ちょっと話した。
後から彼がボクサーだと知った。興味をもって試合も見に行ったら、彼のファンは多くて熱狂的で、試合も負けたが感動させられた。
その真剣さが自分の心に、おまえはそんなにいい加減に生きいていいのかと差し込んできた。
彼は、世界タイトルマッチをアメリカで2回戦い。その両方に負けながら、ボクシング史に残る手数の多い、名試合をして、試合後チャンピオンから今日の本当の勝者は彼だと称賛されていた。アメリカのボクシング関係者は全員その試合を見るように言われているとも何かに書いてあった。
それだけ激しくクリーンなファイトをした彼と、あの例えようもないほど優しい笑顔が、強く心に残る彼が 同一人物であることで、ボクサー凄いなと印象付けられた。
荒川仁人
私が観戦させていただいた試合の対戦相手は
内藤律樹
一瞬の夏(沢木耕太郎 著) の主人公 カシアス内藤の息子だった。
一瞬の夏のイメージのお父さんとにて、高い素質があるようで、技術で優る荒川さんに負けそうだったのに、後半体力と転生かのような動きで盛り返して勝ってしまっていた。
それが僕が生で観たたった一つのボクシングで、これだけドラマチックなら芥川賞の題材にもなるのに今までなかった。
あしたのジョーとか、がんばれ元気とか、初めの一歩とか 漫画はたくさんあったのに
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