芥川書|しんせかい|山下 澄人|感想|あらすじ|書評|自伝的だが現実感と臨場感が薄くなる小説

芥川賞 『しんせかい』 (山下澄人)(2017年1月19日 発表)
独特な個性のある小説です。文体は簡単なのに、内容を理解するのは簡単でない印象を受けました。
あらすじと感想を紹介します。
あらすじ
主人公の名前は山下スミトです。著者の名前そのままで(名前がカタカナになってますが)年齢も19歳と実際に著者がこの内容を経験したときと同じ年齢と思われるところから始まります。
スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指しますその場面と、地元に残すことになる中途半端な付き合いの彼女との回想の場面が交差します。この時点から何度も交差することで臨場感が薄まってます。
その演劇塾のある場所は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同生活を営んでいます。生活費をある程度は稼ぐための農作業の手伝い。自分達の生活拠点を築くための大工仕事。
俳優や脚本家のための先生からの講義の時間より、生活するための過酷な労働時間のほうが長く、また俳優や脚本家を目指している以外は多種多様な男女が共同生活をすることから、様々な軋轢や交流が生まれます。
主人公は、ふるさとに残してきた中途半端な彼女にも、共同生活をする中で仲良くなった女性にも、好かれているのに、どこかボーっとした対応しかできません。それは女性に対してだけでなく、彼の自分の生活事態がどこか、現実感が薄いのです。
内容は、主人公の名前だけでなく、演劇塾が倉本聰さんが主催していた富良野塾であり、著者も実際にそこのOBであることから、ノンフィクションといわれてもおかしくない内容でありながら、最初からどこか、現実感が薄いのです。それは過去の2つの経験を混ぜてかいたり、自分が幽体離脱したような経験をかいたりした場面からもかもし出されていますが、どこか全体にその雰囲気がただよっているです。
そして最後に、唐突に、それもぶちまけるように小説はおわります。
同じ本に一緒に収録されている短編小説に、主人公がこの旅にでるまでの出来事が収録されています。ともかく、どこか他のところに行きたかったかのような、それだけでは説明つかないような内容でした。
感想
一回読んで、なぜこの小説が芥川賞に選ばれたのだろうと、不思議に感じました。特別強い印象が残らなかったからです。
それで、読み返して気づいたことがあります。この小説のユニークなところは、過去の記憶に、かなり痛みを感じていたことも推測できる内容なのに、書いている時点では、おそらくそれほど痛みを感じてないこと。
そればかりか、現実感も、臨場感も薄れていること。逆にこれが実際の経験に基づいた文章であれば、現実の出来事を書きながら、それをフィクションにしてしまっているような不思議な印象を結末を読む前から感じられること。
主人公あるいは、著者もひょっとして、現実をどこか薄れた、臨場感が十分感じられない状態でとらえていてそれを表現しているのではないかとすら思えてきたのです。
それにユニークな価値はあるのでしょうが、一般的には臨場感や共感をもてるほど、小説も、映画も、ドラマも面白いものですから、この小説はそれとはむしろ逆にすら思えました。
ただ、それが30年も前の経験を土台にしているのに、現代を象徴しているように思えなくもないのです。ネットだらけで、現実感が希薄になっている現代に。
谷のモデルの富良野塾
この小説で読むとここから活躍する人が育ったのかと疑問に思わされますが、その後、特に脚本家として活躍された方々がいらっしゃいます。
主催者の倉本さんが脚本家だからかもしれません。
著者:山下澄人
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