書評『億男』120人の金持ち取材:お金と幸せの答えを追求した小説 感想より何を学んだか
『億男』が出版されてから既に2年近くたつが、この本の追求する『お金と幸せの答え』というテーマは大きいままなので、取り上げます。
尚、著者は川村元気さんで、映画プロデューサーとして活躍し、この小説の前作は映画化もされた「世界から猫が消えたなら」です。
この億男は中国で映画化されることが発表されました。
—アマゾンからのネタバレしない内容紹介—————
2015年、本屋大賞ノミネート!
70万部突破『世界から猫が消えたなら』の川村元気待望の小説第2作は
BRUTUS連載で話題沸騰の、お金のエンタテインメント。
突如、億万長者となった図書館司書の、お金をめぐる30日間の大冒険!
「お金と幸せの答えを教えてあげよう」
宝くじで3億円を当てた図書館司書の一男。
浮かれる間もなく不安に襲われた一男は「お金と幸せの答え」を求めて
大富豪となった親友・九十九のもとを15年ぶりに訪ねる。
だがその直後、九十九が失踪した―――。
ソクラテス、ドストエフスキー、アダム・スミス、チャップリン、福沢諭吉、
ジョン・ロックフェラー、ドナルド・トランプ、ビル・ゲイツ……
数々の偉人たちの言葉をくぐり抜け、
一男の30日間にわたるお金の冒険が始まる。
人間にとってお金とは何か?
「億男」になった一男にとっての幸せとは何か?
九十九が抱える秘密と「お金と幸せの答え」とは?
—–内容紹介終わり——————————-
この小説は、富裕層の心に刺さるとも言われています。
実際に富裕層120人に取材して、そこからヒントを得て類型化された複数の登場人物もいるから、
富裕層の苦労をよくわかって反映されている実感をもって読んでもらえるからでしょう。
お金がなくなる苦労、なくなる不安は多くの人が実感として味わったことがあるでしょう。
ところが、お金がありすぎて、悩む苦悩は経験した人でないとわからないのですが、
それはこの本をよく読めばある程度想像できます。
しかもこれは、著者の取材に基づくものですから、事実に近いものでしょう。
多くの人が、お金がなくなって困る不安を抱えている。それは多くの人が自らの経験から、実感と共感をもって理解することができる。
ところが、富裕層には富裕層でないと、実感と共感はもてないけど、大きな苦労がある。
では、結局お金にたいしてどのように接することが幸せなのでしょうか?
この小説はそれについて、明快な回答はだしませんが、主人公と主人公が出会った人の言葉を通じて
多くのことを考えさせてくれます。
ただし、富裕層の苦労を共感できる人はそんなに多くないでしょうから、前作、「世界から猫が消えたなら」ほどはヒットしていません。
この著者の作品は、小説という形態をとってはいますが、メッセージや考えをその形態で伝えようとする思惑が強く、
小説としては豊穣な表現はされていませんが、内容はシンプルな文章なのに深く考えさせられます。
人生をよりよく生きるために考えておきたい内容を、前作でも今作でも強く持っていました。
この主人公は、失踪した弟の借金を引き受けて、余裕を失ったことから、娘の習い事であるバレエをやめさせないかと妻にいったことが、
決定的な要因となって、妻子と別居します。男からするとそんな馬鹿なと思う人が多いと思うのですが、女性はしばしばこのような判断を実際にします。
そしてそれは、人生をより良く生きるためには、どちらが正しいともいえないのです。
お金がなくなり、経済的に破綻するのはまずいのですが、それを恐れて、今を生きる、原動力となっている何かを失ったら、今を生きる意味と活力を失います。
どちらが正しいとも言えないのです。多くの男は論理を優先するから、前者が正しいと思いがちですが。
ただ、こんなに真面目て(弟の借金まで肩代わりするほどで) 娘思いで、妻のことも愛している、主人公の苦闘は、痛ましいほどです。
彼はお金をめぐる冒険で何を知り、これからどうしていきたいと思うようになったか。
「人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ」 チャーリーチャップリン
も織り交ぜて、ストーリーは展開していきます。
それぞれに大きな教訓があるので、味わいたいですが、ここではチャップリンの名言の中で
なぜ 『ほんの少しのお金』と 少しという表現がキーになっているのかが大きなポイントになっています。
必要を大きく上回るお金は、それを失う不安や、それをさらに増やしたいと思う欲望、
また、そのお金の運用利益より、遥かに少ない、自分の労働所得から、真面目に働くのが馬鹿らしくなりかねないこと。
逆に、幸せを奪いかねない大きなリスクを孕んでいます。
では、必要ないかといえば、少しのお金が必要だから、チャップリンは敢えてそれをこのセリフに入れています。
落語の芝浜も同様のことを教訓として与えてくれた妻に、心から感謝することでエンディングを迎えます。
—2016/8/24追記——
古典落語の芝浜は、人情話を通じて、何が人の心を打つか、感動させるか、喜ばせるか、喜べるか、幸せと感じるかを
風雪に耐えて、伝えてくれるストーリーです。
飲んだくれで、仕事も休んでばかりの亭主に、何とか働いてもらおうと、新しいわらじから用意して、一生懸命励ます女房。
お金を拾った夢(夢じゃなかったのですが。)に浮かれて、また酒を飲んだ自分を恥じて、死に物狂いで働き出す亭主。
お金を拾ったことで、自分の努力でもないものに頼った自分を心底恥じたこと、また、そのお金で亭主がダメにならないようにそれを夢だとして隠した女房。
最後のハッピーエンドまで、人と人との絆、相手のことを自分のことより思いやる人がいること、それらを、突発的に入ってきた拾ったお金より、当然のように大切にしていること。
ここに、お金と幸福の正解の一例があると、著者も感じたから、この”億男”の中の重要なシーンで取り上げたのでしょう。
—–追記終わり———————————————
自分が信用できて、自分を信用してくれる人と関係を築くことが、必要以上のお金を持つことより、
幸福感を左右すること、人は孤独が一番辛く、人と絆をもてることこそが幸福なこと。
ただし、やっぱりお金が全くないと困ること。
それらのことを、どこかかわいた文体で、わかりやすく問いかけてくる小説でした。
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